台風一過の富士登山 🗻


【はじめに】
日本人なら一生に一度は登ってみたいと思うのが富士山です。 富士山は他の3000m級の山に比べて、体力と気力さえあれば登れる山ですが、身体の不自由な方や病気のある方には厳しいですし、遠くに住んでいる人にとっても簡単ではありません。 また、一度登ったとしても天気に恵まれた人は少ないでしょう。
さいわい、私は日帰りできるところに住んでいて、数十回登ったことがあるので、ふつうの人よりは知っています。 みなさまがこの記事を読んで、富士山に登ったような気分になっていただければ嬉しいです。 また、これから富士山に登る予定がある方の参考になればと思います。

五合目付近から富士山頂を仰ぐ

【登り】
富士山の登山道は4つ。 山梨県側の吉田ルート、静岡県側には須走、御殿場、富士宮の3ルートがある。 登山者は毎年約20万人で、そのうち吉田口が75%、須走口と富士宮口が各10%、御殿場口が5%の割合となっている。 ほとんどの人が吉田ルートを登る理由は、東京から五合目へのアクセスがよい上に、山小屋の数や観光施設が充実しているからだろう。 テレビなどの影響も大きい。

富士山の登山道

台風一過の7月下旬。 この日は静岡側の須走ルートを登り、御殿場ルートを下ることにしている(上画像の赤線)。 理由は、私の住んでいるところからアクセスがよいからだ。
小田急線、御殿場線を乗り継いで、御殿場駅に7時着。 バスの乗車券を買って、須走口五合目行きの始発に乗る。乗客は15人程度。 山中湖へ続く国道138号線を北へ走り、やがて御殿場市から小山町に入る。 須走の集落を抜けて浅間神社を見ると、五合目への車道である「ふじあざみライン」の入口だ。 山中湖から須走、富士スピードウェイへの道は、2021年・東京オリンピックの自転車ロードレースが行われた。

ふじあざみライン(11月)

ふじあざみラインは五合目まで11.5kmの車道で、ところどころ富士山頂が見えるが、下方はまったく見えない山道である。 夏の登山シーズンはマイカー規制により、自家用車は通行禁止になっている。 車で来た人は、麓の駐車場からシャトルバスやタクシーに乗り換えなければならない。 マイカー規制が強化されたのは、富士山が世界遺産に登録された頃からで、排気ガスの対策も重要なのであろう。

ふじあざみライン(11月)

ふじあざみラインに入ると、初めは緩やかな登りだが、徐々に傾斜が増し、やがてバスはギアをローに落とす。 吉田ルートの五合目への富士スバルラインは、高速道路並みなので雲泥の差がある。 御殿場駅から約1時間、エンジンを唸らせながら何とか、といった感じで須走口五合目に8時に辿り着いた。

須走口五合目

須走口五合目には菊屋、東富士山荘という山小屋が2軒あるだけで、観光地のような吉田口のスバルライン五合目とは月とスッポンの差がある。 スッポンと言っても、コラーゲンたっぷりでお肌によく、スタミナがつく亀のスッポンではなく、トイレの詰まりを直す道具の方だ。 というギャグがあったが、本当にそれくらいの差がある。 静岡側の五合目はどこも鄙びているのだが、環境問題を考えるならこれで良いのかも知れない。

観光地化しているスバルライン五合目

山小屋の前を通り、小さな古御嶽神社の鳥居をくぐって、樹林の登山道に入る。 山頂までの所要時間は、一般的には6〜7時間くらいだ。 登り始めると、山頂で日の出を見た人たちが下ってくるが、登る人は少ない。 すぐに登りと下りがそれぞれ専用の道に分かれる。

古御嶽神社

須走口五合目の標高は2000m、山梨側の五合目は2300m、標高差で300mも低い位置からのスタートとなり、損をしているように感じるかもしれないが利点も多い。 標高が高いほど空気は薄いので、低い地点から歩き始める須走ルートは、徐々に体を慣らすことができる。 また、4つの登山道のうち、唯一樹木がたくさんあるのが須走ルートで、六合目すぎまで直射日光を遮ることができ、体力を奪われずに済む。

樹木が多い須走ルート

今日は台風が行ったばかりで天気がよく、樹林の切れ目からは山頂がよく見える。 さらに涼しく、汗もかかず快適だ。 標高が100m上がる毎に0.6℃下がるというから、東京が32℃ならこの辺りの気温は20℃くらいである。 ただし紫外線は強く、日焼け止めは必須で、汗をかいたらこまめに塗らなければならない。 画像右下には、オンタデという高山植物の花が咲いている。

五合目付近から富士山頂を仰ぐ

しばらく樹林を歩き、五合目から45分ほどで六合目に到着。 山小屋が建っていて、鯉のぼりが風になびいている。 五合目のトイレが混雑していたので、ここで済ませておく。使用料は200円。

六合目

南側を見ると、多くの人たちが速いスピードで下っていくのが見える。 須走ルートの下りは砂走りと言って、駆け下れる道になっているので、山頂から五合目までは、遅い人でも3時間あれば十分だ。

砂走り下山道

六合目をすぎて徐々に高度が上がると、植生が背丈の低い灌木に変わっていき、眼下にはクジラの形をした山中湖が見えるようになる。 深緑の海をクジラが泳いでいるようだ。

山中湖

やがて上に建物が見えて、もう七合目?と思うと本六合目である。 この後も七合目、本七合目、八合目、本八合目と続いていく。 「本」はプラス0.5の意味で、本八合目は八合目半と考えてよい。
爽やかな天候なので、山小屋を囲む石垣には布団が干され、その上に山頂が見える。 どの山小屋でも、天気のよい日には布団を干している光景が見られる。

本六合目

9時25分、標高2700mの本六合目に着いた。 五合目から標高差700mを上がってきた訳だが、この辺りは傾斜も緩く、まだまだ楽である。 この本六合目には瀬戸館が建っており、ご主人によると予約なしで泊まれる日もあるらしい。 吉田ルートの山小屋に宿泊するのはプラチナチケットと言ってよいが、須走ルートのは空いているようだ。

本六合目の瀬戸館

本六合目を出ると草木がなくなって砂礫の道に変わる。 砂礫とは、固まった溶岩が風化して、目の粗い砂のようになった状態で、ザクザクと音をさせながら歩いていく。 岩陰に小さな祠のようなものがあり、鈴がたくさん供えてある。

砂礫の道

10時5分、標高2920mの七合目に着く。 薄い雲の中に入ったようだ。 七合目には須走ルートで最も大きな太陽館が建っている。 こちらも予約なしで泊まれるらしく、素泊まり6300円との表示がある。 下山道が交差するので、たくさんあるベンチは下ってきた人たちでいっぱいだ。 なぜか、山小屋の裏で犬が飼われている。

七合目・太陽館

七合目をすぎると標高3000mを越え、この辺りからだんだん足取りが重くなってくる。 空気が薄いことに加えて、傾斜が増してくるためだが、標高3000mからが本当の富士登山と言ってよいだろう。 立ち止まる回数が多くなり、もうここで下ってしまおうかと思ったりもする。 弱い心を打ち消しながら砂礫の道を登り、白い鳥居をくぐると、標高3190mの本七合目に10時30分着。

本七合目を見下ろす

八合目を見上げると、山小屋がたくさん建っている。 途中で広いブルドーザー道を歩く。 名前のとおり、ブルドーザーが通る道で、山頂まで続いている。 山小屋への物資を運ぶための道だ。 乗せてくれないかなぁとも思う。

八合目の山荘群とブルドーザー道

10時55分、標高3270mの八合目に到着して休憩。 江戸屋という山小屋が建っていて、カラフルな旗がなびいている。 看板には皇太子殿下御宿泊所とあるが、このときは悪天候で登頂を断念されたそうだ。

八合目

この辺りは吉田ルートへの連絡道もあり、10軒ほどの山小屋がひしめき、城壁というか要塞というか、異様な風景である。

八合目

11時20分、標高3360mの本八合目に着くと、吉田ルートに合流して登山客が一気に増える。 日の出の時間帯は、山頂まで大渋滞が起こるほどだ。 山頂のトイレは行列ができていたりするので、ここまでの間に済ませておくとよい。
山小屋には、ラーメン、うどん、コーヒー、おしるこなどが売られている。 と言っても、お湯を注ぐだけで作れるものだ。 標高が高くなるほど水の沸点は下がるので、ここでは90℃くらいで沸騰する。 別日、余りの寒さに400円のホットコーヒーを頼んだことがあるが、少しぬるいようであった。

本八合目から山頂を仰ぐ

本八合目から山頂へは傾斜の急な岩の道が続く。 酸素が不足しているらしく、目まいとあくびが頻繁になってきたので、体を慣らしながらゆっくり歩く。 富士登山のグッズには酸素ボンベもあり、持ってきている人も多い。 ここまでずっと山中湖が寄り添ってくれていたが、この辺りから河口湖も見えるようになる。

河口湖

九合目をすぎるとさらに傾斜が増す。 ずっと、山頂が見えているのだが、なかなか足が進まない。 5、6歩進んで立ち止まるのを繰り返す感じだ。 傍らには高山病にかかったらしき人たちが寝ていたりする。

九合目付近

12時40分、ようやく山頂に着いた。五合目からの所要時間は5時間弱。 因みに、ここも富士山頂なのだが、正確には吉田・須走ルートの山頂で、日本最高地点(標高3776m)ではない。

吉田・須走ルートの山頂

久須志神社や土産物屋が建っていて、たくさんあるベンチは登山客で埋まっている。 自販機があるのには驚くが、値段の高さにも驚く。 缶コーヒー1本400円。

久須志神社

山頂からは山中湖や河口湖が見える。 画像のジグザグの道が登山道、直線は下山道(ブルドーザー道)だ。 景色を見ながら、しばらく休憩する。

山中湖

【お鉢めぐり】
日本一高い地点である標高3776mの剣ヶ峰へは、画像で見える峰の向こう、ここからさらに40分ほど歩かなければならない。 このことは意外と知られてなく、行かずに下山してしまう人も多い。 せっかくここまで登ってきたのだから、時間と体力に余裕があるなら、剣ヶ峰まで行かなければもったいないと思う。

吉田・須走ルートの山頂

富士山頂は、直径600mの噴火口の周りに八つの峰が取り囲んでいて、その一つの剣ヶ峰が日本最高地点である。 山頂を一周することを「お鉢めぐり」と言い、峰が「八つ」と噴火口が「鉢」に似ていることがかかっている。 お鉢めぐりの所要時間は1時間30分ほどなのだが、今回は半周して御殿場ルートを下るつもりだ。 では、富士山頂の空中散歩へ向かおう。

雪が残る噴火口と剣ヶ峰

右に噴火口を見ながら、古来の通例に従って時計回りに歩いていく。 30分ほど歩くと、鳥居が建っている御殿場ルートの山頂で、ここから下る予定にしている。 目と鼻の先、建物があるのが富士宮ルートの山頂だ。

御殿場ルートの山頂、右奥が剣ヶ峰

富士宮ルートの山頂には、富士浅間神社奥宮と富士山頂郵便局が建っている。 もちろん、日本で一番高い場所にある神社と郵便局だ。 開いているのは、夏休み期間中の約1ヵ月のみ、営業時間は14時まである。 神社ではお守りや絵馬、郵便局では登山証明書や切手シートなど、富士山頂でしか買えないものが売られている。

富士浅間神社奥宮

私の場合は神社で毎回、お守りをいくつか買う。 登れない人に頼まれたり、お世話になっている人に差し上げたりしている。 ついでに富士山頂郵便局の風景印を捺してもらう。

富士山頂郵便局

ここからは剣ヶ峰へ、馬の背と呼ばれる最後の登りだ。 一気に登ってしまいたいのだが、かなりの急坂で何度も立ち止まる。

馬の背

馬の背から振り返ると、駿河湾や西伊豆のリアス式海岸が見える絶景である。 「もう少しだ、がんばれ」と応援されているようだ。

駿河湾と西伊豆の海岸線

何とか登り切ると、13時30分、日本最高地点の標柱が建つ標高3776mの剣ヶ峰に到着。 噴火口を取り囲む八峰を見渡せる。

日本最高地点・剣ヶ峰

富士五湖は東から西へ、山中湖、河口湖、西湖、精進湖、本栖湖の順に並んでいて、 老朽化した展望台からは最も西に位置する本栖湖が薄くぼんやり見えた。

本栖湖

【下り】
富士浅間神社奥宮のすぐ先、御殿場ルートの山頂まで戻る。 ここには銀明水、お鉢めぐりのコース上には金明水というものがあり、どちらも富士山頂の貴重な雪解け水が得られる場所ということで祠が祭られている。

御殿場ルートの山頂

14時10分、山頂を後にして、下りはじめる。 山頂から七合目までは、登山道と下山道が同じなので、登ってくる人に道を譲りながら下っていく。 山頂を振り返ると、今にも落石が起こりそうな雰囲気である。

山頂を振り返る

富士登山駅伝の練習をしているランニング姿のグループが複数、走って登ってくる。 しばらく下ると、標高3350mの七合九勺に着く。 建っている赤岩八合館は、現在の天皇陛下が皇太子だった2008年に初登頂された際に御宿泊された山小屋である。

赤岩八合館

七合五勺(標高3150m)には砂走館、七合四勺(標高3130m)にはわらじ館が建っている。 この辺りは、高山植物のオンタデが斜面一面に咲いていて、黄緑色が鮮やかだ。

砂走館とオンタデ

15時ちょうどに七合目に着く。 青い建物の日の出館があり、標高は3070m。 この下には雲海が広がっている。

七合目

七合目で登山道と分かれて、大砂走りへと入っていく。 すぐ目の前に見えるのは江戸時代の噴火でできた、標高2693mの宝永山だ。 その右には大きな噴火口があり、火口底を経て富士宮口五合目へ道が続いていて、そちらへ向かう人の方が多い。 富士宮口五合目の標高は2400m、御殿場口五合目は1440m、同じ五合目なのに1000mもの違いがあるのだ。

宝永山

宝永山の左側を下るのが大砂走りで、スケールが大きい。 御殿場ルートの魅力は何と言っても大砂走りである。 急坂の砂浜を下っているような感じで、1歩で3mを一気に駆け下ることができる。 このような経験ができるのは日本でここだけだろう。 しかし、足を踏み出すたびに、靴がくるぶしまで砂に埋まるので、靴の中は砂だらけだ。 摩擦が大きいので、靴の底がかなり擦り減ってしまう。

大砂走り

大砂走りは午後になると靄が出やすく、ホワイトアウトというのか、真っ白になることもしばしばである。 なので、道標の意味で支柱とロープが設置されている。 この日は珍しく靄が出ず視界良好で、双子山に愛鷹山、遠くには箱根の山並みを見渡せた。

大砂走り

15時50分、標高1920mの新五合五勺に着いた。 ここは次郎坊と呼ばれる場所で、麓には太郎坊がある。 七合目からここまで、標高差1000m以上をたったの40分で下ってきた訳だが、気圧が高くなるからなのか、取り込める酸素が増えるからなのか、いつも頭が痛くなる。

新五合五勺

この先、五合目へは傾斜が緩やかな道が続くが、疲れているので惰性で下っていく。 箱根駅伝6区の山道を湯本まで下ってきた選手が、小田原中継所への最後の3km、緩やかな下りを登りに感じると言うが、それに似ている。

新五合への下り

やがて夕靄に覆われてきたので、支柱とロープを頼りに歩いていく。 靄で何も見えないと、ずっと同じところを歩いているように思えて不安になるが、30分ほど歩くと大石茶屋に到着。 ここは高原のビアガーデンといった雰囲気で、食事を目的にくる人も多い。 五合目のバス停へは5分ほどなので、時間があればビールを飲んだり、軽く食事をしていくのもよいだろう。

大石茶屋

16時50分、ガランとした標高1440mの五合目に着くと、17時ちょうど発のバスがやってくる。 最終バスだが、乗客は5人ほどで、御殿場駅には17時40分に戻ってきた。 御殿場駅から新宿駅へは、特急列車や高速バスが出ているので、ゆったりと帰りたい。

御殿場口五合目

【最後に】
長々と読んでいただき、ありがとうございました。

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