長期の仕事が一段落したので、どこか遠くへ行こうと思い、北海道の襟裳岬に決めた。 襟裳岬は日高山地の南端で、日高と言えば日本一の競走馬の産地。 列車の車窓から馬が見えることも期待したい。

襟裳岬は苫小牧からは約170kmも離れている最果ての地である。 森進一さんの「襟裳の春は〜」でお馴染みだ。
まずは太平洋岸を走る日高本線で終着の様似まで行き、そこから路線バスで襟裳岬へ向かうことにする。 始発列車に乗るため苫小牧駅には5時35分に着いたが、もちろん真っ暗で駅もまだ眠っている。

苫小牧7時58分発に乗れば様似まで一本で行けるが、せっかくなので5時47分発の静内止まりの列車に乗る。 3両編成で苫小牧を出発、乗客は私だけの貸切。
車内には、牧場の中にある絵笛駅、高山植物の宝庫アポイ岳、昆布干し場など沿線のみどころが紹介されている。 優駿浪漫という愛称の車両だ。

最後尾の車両に座っていると車掌に前に移るように言われる。 6時16分、鵡川に着くと3両目が切り離され、折り返しの苫小牧行きになるようだ。

鵡川はシシャモ漁が盛んで、柳葉魚と書いてシシャモと読む。 アイヌの人々が凶作で困っているときに神様が柳の葉をシシャモに変えたという伝説がある。 鵡川には、シシャモの寿司など珍しいものがあるらしいが、10月頃の1ヵ月程度しか味わえないという。

各駅の周辺には集落があるが、それ以外は海と草原の連続といった感じである。
苫小牧から1時間ほどガラ空きだったが、富川あたりから徐々に高校生が乗り込み、新冠に着くころには満員の通学列車に変わっていた。 この辺りの高校生も卒業したら札幌や東京に出るのだろうか。

この列車の終着である静内には7時33分着だが、次の様似行きは9時55分発なので、一つ手前の新冠で下車して時間潰しに静内への5kmほどを歩くことにした。 浦河国道に出ると、レコード館にハイセイコーの像があり、三冠馬シンボリルドルフやナリタブライアンなどの碑が並んでいる。

海岸線沿いを3km歩くと、この辺りで最も大きな静内の町に入るが、道中で期待していた競走馬の牧場は見当たらなかった。
静内駅に9時ちょうどに到着。 駅弁を買うつもりだったが全て要予約、それだけ売れないのだろう。 時刻表には、北海いかめし、うにいくら黄金鮭弁当など書いてあるのだが。

仕方なく売店でありふれたパンを買うことに。 しばらく静内の町を散策して、9時55分発の様似行きに乗り込んだ。

1両編成に乗客は5人程度なので、4人掛けのボックスシートも1人で使え、足も伸ばせて快適だ。 静内から様似までは1時間半。 車窓は延々と海岸と牧場の景色が繰り返されて単調だが、見ていて飽きない。 絵笛付近では馬もちらほら見えて、この辺りを散策してみたい気にもなる。

日高振興局(旧・日高支庁)の所在地である浦河をすぎると、しばらく海沿いを走る。 太陽が眩しいが、砂浜には昆布を干している光景が見られた。 日高昆布は正式には三石昆布と言い、柔らかく煮えやすいのが特徴だとか。 美味しいことは分かるが、私には利尻昆布も羅臼昆布も区別はつかない。

日高本線の終着である様似に11時19分着。 苫小牧を出てからは、すでに5時間半も経っている。
襟裳岬への往復乗車券を買い、岬小学校行きの11時35分発のバスに乗る。 襟裳岬の先に小学校があるようだ。 バスはアポイ岳の登山口などを経由して、なおも太平洋沿いを南下していき、ようやく襟裳岬が見えてきた。

えりも町の中心街をすぎると一面草原の道に変わり、12時半に襟裳岬に到着。 帰りのバスが13時27分なので、散策できるのは約1時間である。
襟裳岬は寒流と暖流の合流点で霧が発生しやすいそうだが、この日は穏やかな天候で運がよい。 一帯には灯台、風の館、歌碑、レストハウスなどがある。

明治22年完成の襟裳岬灯台の脇には二つの歌碑がある。 島倉千代子さんが昭和36年、森進一さんが昭和49年に襟裳岬という名の歌を発表すると、空前絶後の観光ブームが訪れたそうだ。 観光客が次々と押し寄せたそうだが、この日はシーズンではないこともあり閑散としていた。

遊歩道の階段を下っていくと襟裳岬の突端まで行くことができる。 近くの岩礁帯にはゼニガタアザラシが約500頭も生息しているらしいが、まったく見えなかった。
古い襟裳神社が建っているが、現在は丘の上に移されている。 風が強いが雲を吹き飛ばしてくれているようでありがたい。

辺りは昆布の産地で、レストハウスには大量に安価で売られている。 店の人によると「拾い昆布」と言うようだ。

襟裳岬からは広尾を経て、帯広へもバスが通じている。 JRになる前まで走っていた国鉄広尾線には、愛国、幸福、新生、大樹など、おめでたい駅名がたくさんあった。 「愛国から幸福へ」というキャッチフレーズの切符が人気となり、結果的に赤字の穴埋めをしていたくらいだ。

現在では銚子電鉄の、ぬれ煎餅、まずい棒がそれに当たるのかも知れない。 いずれにしても運賃の収益がなければ厳しく、広尾線は昭和の終わり頃に廃線に。
襟裳岬から徒歩5分ほどのところには襟裳神社が建っている。

襟裳岬から1時間かけて様似へ、日高本線で3時間半かけて苫小牧へ戻る。 13時27分発のバスに乗らなければ、今日中に苫小牧には戻れない。 行きはよいが帰りは辛い。 バスがやってきて、様似に14時20分着。

列車の発車まで15分ほどあるので、周辺の写真を撮っておく。 標高810mのアポイ岳に見送られて、14時34分に様似を後にした。

来るときは海側に座ったので、帰りは山側に座ってみたが、やはり海側がよい。 太平洋岸の砂浜に昆布が天日干してあったりする。
この時期の北海道の夕暮れは早く、やがて日没、太平洋に沈みゆく夕日が美しい。

夕日を見ながらウトウトしているうちに15時57分に静内に到着。 ここで上り下りの交換のため13分停車する。
翌日に東京へ帰る予定だが、みどりの窓口で北斗星の切符があるか調べてもらうと、空席があったので購入。 廃止寸前で人気の列車でも、意外とキャンセルが出るので前日でも買えたりするものだ。

静内までガラ空きだった車内も行きと同様、高校生の帰宅時間に重なって満員になったが、何とか座れた。
疲れて寝ている間に時間が経ち、苫小牧に17時53分に到着。 車内は暖房が効いていたので、外に出ると寒く、真っ暗になっていた。
因みに日高本線の鵡川〜様似間はすでに廃線である。

旅行記 拙い文章ですが、お読みいただければ幸いです。 🌃函館元町の教会群と百万ドルの夜景 🌲渡島当別駅からトラピスト修道院へ 🐎日高本線で様似・襟裳岬へ 🌊釧路から本土最東端の納沙布岬へ |